健康な頭は精神の頭に溶けた

The head of health dissolved into the head of mentality.

双子座の前半のストーリーは、情報に対して、どこか受け身である姿勢なのだと

感じます。

双子座の前半の若々しい幼い双子座的ストーリーは、積極的に自らの個性を開き、学びに対して、とてもパワフルで活発な行動力を感じさせますから、

情報や知性に対して、受動的。とは、一見そうは見えないのですが・・

後半の双子座のストーリーを学び始めると、前半の双子座のストーリーが、

知性の世界に対して、まだ幼くて、幼いからこそ、純粋に集中して、活発に学びに挑んでいくことが出来るのかもしれない。

それは、赤ちゃんが、この世界に生まれて、知識をスポンジのように吸収するがごとく、どんどん生きるための知恵や情報を、学び取っていく。

赤ちゃんとか、若い人って、ものすごい暗記力があるじゃないですか。

中年期以降になると、だんだん物覚えが悪くなると言われますが、確かに、

高校生の時とか、若いころの、単に情報を単純に暗記するあの力はすさまじいものだと思います。

しかし、どうでしょう。英単語を何千と暗記しても、歴史の人物をいくら暗記しても、

その歴史が物語っていたことの全容とか、その登場人物の想いみたいなものまで

汲み取って、歴史を理解することは、当時の若かりし自分にはできなかったなーと感じます。

逆に、今、年齢を経るごとに、暗記力は確かに若いころに比べると及ばないかもしれないけれど、例えば、歴史であればその時の、人の気持ちを汲み取って、

歴史の全体を、イメージしたり、深いところを理解したり、知性や論理ではなく、

心全体で、深く理解する。というようなことが、若いころよりずっとできるようになっているなぁと感じます。

ですから、登場人物や歴史年表を暗記するというよりかは、流れ全体を捉えて、

当時の風景をイメージする、その時の人の気持ちになって理解する、そんな勉強の仕方に変わってきたのを感じます。

ですから、双子座の前半のストーリーが、若かりし頃の、理解してるかしてないかは別として、とにかくたくさんの知識を吸収し、たくさんの情報を暗記する。そして、

それを生きるために必死で活用しようとしている姿なのだとしたら、

双子座後半戦のストーリーとは、たくさんの情報量はすでにベースにあって、

今度は、自分の頭でそのことについて考えていく。という物語なのかもしれません。

単に、情報に受け身で、使い方がよく分からないようなところから、

きちんと自分の頭で考え、下知識があるから、自分で問題意識を持つことができ、自分の意見を持つことが出来ます。

そして、外側から入ってくる情報に対して、全てをそのまま鵜呑みにしてしまうのではなく、今度はその情報を整理分類し、自分はどう思うか。自分は正しいと思うのか、そうでないのか、自分の意見を持つことが出来るようになっていくのではないでしょうか。

一つ前の16度では、射手座の火のエネルギーが流入してきて、情報や知性の世界に、感情や情熱、情動が迸るように動く世界観が入ってきました。

それまで、淡々と、情報を受け取り、ロジカルに整理してきた段階では、そのように感情が大きく動くような学びの体験というのはなかったかもしれません。

しかし、16度で反対側のサインの性質が入ってくることで、感情が大きく動く学びの世界を知ることになります。

知ることで心が揺さぶられる。学ぶことで魂が、躍動する。

そんな経験はこれまでの双子座にはなかったはずです。

17の数字は、8と拮抗関係にあり、8の物質性の完成形、固定化と圧縮のマックスのエネルギーに反対し、17は、そうした凝り固まった性質から、別の次元の姿へと形を変えていきます。

16度で、全てが一度崩れ去った後に、空の世界で、今まで全く見えてなかったようなものが見えてくる度数でもあります。

ですから、タロットカードでは、8の正義と17の星のカードは、現実とスピリチュアルが、陰陽関係にあり、まさに、スピリアルの統合のようなことが起こっている関係にあります。

双子座は、知識を吸収し、学ぶサインですから、16度以降、学ぶことから影響を受けたり、知識によって人の心に影響を与えたりする世界が起こって来ます。

それは、単なる情報や、単なる知識が、心に訴えかけ、人生すらも変えていくような智慧とか、叡智になって行くシフトなのかもしれません。

17度では、そのサインの性質の固定化されたところが一つ前の度数で破壊され、最も微細な形で、淡雪のような細やかさで、そのサインの性質が現れます。

現実的には適用不可能な視点だったとしても、こうした性質が、このサインにはどこかにあるよ、ということを言っている度数でもあり、

その最も、昇華された性質であり、最も地に足のつかない性質である17度の性質も知った上で、この後、それを、使えるものに落とし込んでいく、ということなのかもしれません。

双子座17度は、そのまま翻訳した方が分かりやすいと思ったので、

精神の頭に健康な頭が溶けた。という風にしました。

これまでの双子座前半のストーリーがまさに、この健康な頭の方ではないかと思います。

知識や知性に対して、純粋で、若者がスポンジに吸収するようにとても能動的にそれを吸収していく超受動的な、知識に対する在り方。

とても健全で健康的な頭、と言えます。

これに対して、後半戦の双子座のストーリーが、精神の頭、なのではないかと思います。

それは、知識に対して、受け身であった幼い自分から、知識に対して、自分で考え、自分で意見を持ち、そこに心や感情が伴ってるからこそ、よりストイックに

知の世界を広げていくことが出来る。

一つ前の度数で、婦人参政家が出てきましたが、若かりし幼い頃って、たくさん勉強をしているようで、与えられた勉強を、機械的に暗記するだけのような勉強が多いですし、自分で、これを学ぼうと思って学習したものも、どこか頭で考えて、

この資格を取っておいたら将来、有利だろうから、とか、そんな風に学習することが多いのかもしれません。

しかし、それだと、自分の興味のある範疇にどんどん世界が狭くなり、

自分が理解できることだけを学ぶ。自分の範疇が及ばない、理解できないことの世界は、まったく触れることが無い、というようなことも多いのだと思います。

例えば、一介の主婦が、自然療法や、スピリチュアルな勉強には興味は持てるけれど、政治や経済、金融などの話になると、耳が閉じてしまう。

また、例えば、政治や金融や、経済の世界で生きている人は、目に見えない世界や、精神や哲学の話になると、胡散臭い、宗教か?と拒絶反応を起こす。

といった具合に、自分の世界をはみ出る知識には、自然と触れることがなくなり、世界が狭くなります。

しかし、知の世界が本当の意味で広がってくると、どの分野の知識に対しても、

心でそれを感じることが出来、感覚として、深いところを捉え、興味を持つことが出来るようになります。

一つの分野での下知識があると、他の分野のことを理解しやすくなる、ということもあるかもしれません。そして、そのように、学習するとき、どんな分野に対しても、自分なりの、意見とか、自分なりの考え方を持つことが出来るようになる。

そういう姿勢を育てていくのが射手座の流入してきた双子座後半の世界です。

この17度の度数では、そうした世界観が始まりつつあります。

知識の新しい世界が見え始め、知識の持つ最も崇高な可能性が、微細な領域で見えてくる。そういう度数なのではないかと思います。