バーン・ダンス
A barn dance.
22度は、第5グループの2番目の度数で、一つ前の21度と対比される形で位置します。21度が奇数で、男性性、能動性なのに対して、22度は、21度と陰陽の関係にあり、受動性、女性性にエネルギーを持ちます。
21度でそのサインのテンションが振り切れて、活発になり、22度ではその活発になり切ったエネルギーが、着地して、陰の作用で、落とし込まれます。
こうして、21度と22度の対比が起こることで23度では、陰陽が統合された形での、最も成熟したそのサインのストーリーが現れてきます。
22度は、第3グループの4の数字ですから、4の法則化、秩序化のエネルギーを土台に持ちます。しかし、3グループは創造性のグループですから、20度以降は、環境的なものに作用されなくなってきます。
逆に、環境という要素の素材を使って創造を始める、というお話をしてきました。
22度は、偶数で4の数字を土台に持ちますので、受動性であり、自分で動いていく性質では確かにないのですが、
能動的な在り方ばかりが創造的であるとは限りません。
受動的な在り方、流れに身を任せる在り方、あえて動かない在り方にも、
創造力が働く時があります。
私たちの物質界は、陰の作用と、陽の作用が繰り返し、起こっていて、
必ずそれは、両方、交互に繰り返されます。
ですから、そのどちらもの作用の切り替わりを敏感に感じ取り、陰の作用の時は陰を生かし、陽の作用の時は陽を生かし、といった形で、流れを活用していけることが、真の創造につながっていくのかもしれません。
私たち現代人は、特に、陽の流れは良いこと、と捉え、陰の流れは悪いことといって目を背ける傾向にあるのですが、陽の作用ばかりを好む現代の傾向では、必ずいつか歪が大きく表れてしまいます。
陰の作用は決してネガティブなことなのではなく、陰の作用の時に、それをうまく生かして過ごすことで、次に来る陽の作用を更に活性化していくことが出来るのです。
双子座22度は、バーン・ダンスとなっており、これは、直訳すると納屋でするダンス、ということになります。
アイルランドやスコットランドなどの伝統音楽などに合わせた民族舞踏で、
納屋のようなところで、村人が集まって、ダンスの集いをし、余暇を楽しむ目的で、中世の頃にはすでにその文化の記述が残っているようです。
イングランドのカントリー・ダンスや、アイルランド音楽やスコットランド音楽のものなど、いろんなジャンルがあるようです。
こうした文化は、その昔、労働や仕事における疲れを癒すためや、
余暇を楽しむために、近隣住民たちが集い、催されたイベントだったのだと思います。
納屋というと、田舎の農家にある、別棟のようなものですが、田舎暮らしにおける楽しみとはこういうことくらいでしょうから、
日々の労働の合間に、どこかのおうちの大きめの納屋に集まって、カントリーダンスで踊り、楽しむ。
そういう余暇の在り方は、都会生活をしていると、なかなかそういう時間を持つことが出来なかったり、また、遊びに行くとしても、納屋の中で踊るダンスなど、都会の人にとっては何も刺激的でないし、面白くもなんともないと感じるかもしれません。
しかし、一つ前の21度では、知的生活や、都会暮らしが、限界地点に達し、
その疲れが限度まで達したことが描かれていました。
私たちは、都会暮らしで、めいいっぱい頑張って生きてると、どこかで疲れてしまって、田舎暮らしに憧れたり、リタイアして、田舎に畑を買って暮らしたいとか、
大体の人がそんな風に思うものです。
22度は21度と拮抗関係にありますから、21度では、めいいっぱい、知的な暮らし、都会的な生活、活動的な仕事人生などをやってきて、限界地点に達し、
22度では田舎暮らしを実現して、バーン・ダンスを楽しんでいる。
そういう対比が描かれているのだと思います。
頭の活動ばかりが優位になって、体や心のリズムを置き去りにしてきて疲れ切ってしまった人は、鬱になったりします。
そして、どこかの地点で、心や体のリズムを思い出して生きる生き方に回帰していくことになります。
田舎暮らしは、たくさんお金を儲けたり、知的な学術探求をしたり、毎日めくるめく移り変わる経済情報を追っかけたり、分刻みで予定をこなしたりすることはないでしょうし、ゆったりとした自然界のリズムと共に、畑作業をしたり、野山で、薬草を摘んだり、暗くなったら眠り、陽が昇ったら起きる。そんな本来の人間としての活動に戻っていくのです。
そんな中でも、誰かと集い、一緒に楽しみたいと思うのが、双子座なのでしょう。
22度という、超受動的な在り方においても、ここでは、皆で納屋に集まって
ダンスをしている情景が描かれています。
田舎暮らしであっても、たくさんの人と関わり、会話をしているところは、とても双子座らしいですね。