二つの暗いカーテンを引いている女

A woman drawing two dark curtains aside.

サビアンにおける20度は、5度区分ずつの第4グループにおける、最後の度数です。

サビアンの第4グループは、16度から始まる後半のストーリーの、最初の5度です。

16~20度までで、陰陽の反対側のエネルギーを受け取り、大きく挫折を経験することで、究極的な内面の意識に入り、スピリチュアルな状態に一度なります。

そのスピリチュアルな意識に目覚めたことで、自らの無意識の扉を開き、高次の能力が目覚めはじめ、そのサインの究極的な状態の力が使えるようになるという、流れがどのサインでも描かれています。

タロットカードの20番の大アルカナは審判というカードで、

19番、太陽で自らの多次元ボディに目覚めた人は、20番で、天の審判を聴くようになる、そう、自らの内側から宇宙の声(インナーボイス)を聴くようになるのです。

欲しい回答は外側から情報を得るのではなく、宇宙の声を聴くようになる。

そういう物語がタロットカードでは描かれています。

サビアンの20度もそうした意味で、そのサインの究極的なパワーの状態が使えるようになっていて、それまでとステージを変えていくのが、19度、20度あたりのストーリーです。

蠍座20度は、二つの暗いカーテンを引いている女、という度数です。

2という数字が出てきていますので陰陽、受動性をあらわしていることが分かります。

女、が出てきていますので、これも受動性、内面性をあらわしていることが見て取れます。

スピリチュアルな意識が、ここでは、カーテンという仕切りで区切られて、

通常の意識とスピリチュアルな意識のこの二つの世界を、行ったり来たりしている状態が描かれているのだと思います。

一つ前の19度、聴いては喋っているオウム、の度数は、

高次の感覚が開き始め、高次元の情報を受け取るようになる、状態が描かれていました。しかし、この度数ではまだ、受け取った情報の意味を解釈する宇宙的知性をまだ、持ち合わせていません。

持ち合わせていないからこそ、純粋な、そのままの宇宙情報を流す、

クリアな媒体として、喋るチャネラーである状態だったのだと思います。

しかし、この状態は、チャネラー本人に非常に負荷がかかる状態でもあるのだと思います。

自分が受け取っている情報の意味を解釈するだけの、形而上的な知識を持ち合わせないこと、また、これだけの膨大な情報を受け取っていながら、

その状態を維持するための、身体の管理方法や、エネルギー体のメンテナンスの方法、などにも、無知。

また、自分が話すことを、現代の世の中や、周りの人がどのように受け取るかについても、考えが及ばず、経験も不足している。

このような状態では、自分自身の心や体に負担がかかりすぎたり、

また、周りからの軋轢にも耐えられなくなってくるでしょう。

20度では、更にそこから少し進化して、トランス状態と、通常の意識状態を、自分の意志で、自由に行き来できるようになっています。

また、普通の世界と、スピリチュアルな世界を、行き来できるということは、日常生活の普通の人たちとのコミュニケーションも、霊界の肉体の無い人たちとのコミュニケーションも、円滑に行うことが出来るということでもあるでしょう。

霊界の世界の仕事がいそがしくなると、地に足がつかなくなり、自分が受け取っている情報を、普通の世界の人たちにそのまま、オブラートに包まず、話したりしてしまえば、それは暴力にもなりえます。

どの人には、なにをどこまで、どのような言葉で喋るかを、認識しているということは、自分の身を守る上でもとても大切なことなのです。

また、霊界のひとたちとのコミュニケーションも然り、あまりにも幼い状態では、自立した対等な関係性は築けません。

この度数まで来ると、そうしたあたりが、成熟してきて、

あちら側の世界と、こちら側の世界での、スタンスを上手に築けるようになり、どっちの世界でも、うまく生きられるようになってくるのです。

また、受け取ったメッセージの意味を解するまでに、宇宙的知性も発達してきている状態と言えると思います。