歩くことを学んでいる小さな子供
A little child learning to walk.
どのサインでも、4度は、1度の男性性と2度の女性性で起こった陰陽の化学反応に対して、3度で生まれたそのサインの活性化された推進力のストーリーが、4度で、定着し、そのサインの世界観として、最初に着地する場面です。
また、4は偶数ですから3度で、発露されたものが、4度で、より精査され、秩序化され、そのサインのモノとして深く落とし込まれていくような物語が描かれています。
射手座の4度は、歩くことを学んでいる小さな子供、となっています。
一つ前の3度の度数では、チェスをする二人の男、となっており、ここでは、これから射手座的な魂の意図、自分らしい生き方をこの世の中で遂行していくための、戦い方、戦略の練り方、人間関係の築き方などの、模擬体験プレイのようなものが行われている場面でした。
チェスは実際に自分の身を傷つけることなく、戦い方を深く学ぶことが出来る、とても知的な賢さと、戦略を求められるゲームです。
このような知的な戦略をもって、私たちの人生もまた、戦っていく必要があるのではないでしょうか。
時に私たちは、感情の海に溺れ、感情や欲望のままに、それに翻弄されて行動してしまいがちですが、それでは、どうしたって勝てない戦いというものがあると思います。
感情が強ければ強いほど、その直観や感覚を大切にして、その強い欲望を叶えるためには、どうしたらいいのかの戦略を練る必要がある。
射手座3度では、このようにして、これから自分の人生を切り開き、歩んでいくための戦い方を学んでいたわけですが、こうして学んだことを、今度は、後に続く人に、教えることが出来る。
また、私たちも、逆に、先人や先に進んだ先輩たちに、こうして、自らの足で立ち、歩んでいくための歩き方を、教わっているのではないでしょうか。
先に、その歩き方を学び、知っている人からそれを学ぶことで、
私たちはいばらの道を少しでも、歩きやすくすることが出来ます。
全くの未開の地を何の知識も、航海図も持たずに歩くのが人生ですから、
先人たちの教えというのは、とても重要なものですよね。
先に成功した人、先にそれが出来るようになった人、先に苦労してやり方を獲得した人の話や生き方はやはり、とても学びになる。
そうやって先人の知恵や生き方を、学ばせてもらい、時に生き様そのものを盗ませてもらい、自分の人生に取り入れていく。
そうして、少しずつ歩き方を覚えて、自分の人生を切り開き、自由に歩けるようになってきた人は、今度は、後に続く人に、自分の知っていることを教えることができます。
また、自分の生きざまを見て、学びたいという人たちが自然と現れてくるものなのだと思います。
私たちは誰しも、自分自身の足で、この人生を歩んでいくために、
また、自由に生きていくために、歩き方を学ぶ必要があって、
自分の力で歩いていく術を見つけないといけないのです。
蠍座の世界でさんざんに学んできたように、誰かや何かに依存しないと生きていけない生き方だけだと、やはりどうしても自由を阻害され、
自分の肉体を、維持してくれている人や、制度や、世の中の仕組みに飲み込まれて行かざるを得ないことが事実です。
もちろん、私たちには、生、老、病、死がありますから、誰のお世話にもならずに一人で生きていく、ということは誰しもできないのですが、
それでもやはり、自分の足で歩いていく場面が増えるほどに、
自由を生き、魂の意図を生きやすくなることは事実です。
自由への希求、そのための戦略とビジョン、それが射手座のテーマでもあるからです。