中国語を話す二人の中国人
Two Chinese men talking Chinese.

18の数字は、9と拮抗関係にあり、一つのものが物質的な完成を見て、その先にある、手に触れられない、目に見えない、心や精神の世界に統合され、開かれていくのが、9の世界観でした。

奇数の9は能動的にそうした精神の世界へと足を踏み入れて行くのに対して、 18は偶数で受け身ですので、ここまでの流れの経過の結果として、自然な形で、そうした領域に、導かれていく。 精神の高みに、入っていくといったことが起こって来ます。

サビアンにおける18度も、決して、自ら行動したり、求めたのでは得ることが出来ないような、領域に、今までの流れの結果として自然な形でそこへ導かれていき、新しい扉を開けていくことになります。

16度で、知識や情報に対して、感情や情動の領域で力強く影響を受けたり、影響を与えたりする世界に開かれました。 そして、一つ前の17度で、単に受け取る受け身な学習の世界から、 知に対してストイックに挑み、人生丸ごと、知からの影響を受けて、そして、その知によって、影響を与えていく、そんな、究極的な知の世界を垣間見始めます。

それまで、健全で純粋だった若々しい知の世界から、精神としての知の深みに、 入っていく経過がありました。

18度は、ここで第2グループが終了となる場面でもありますので、ここで、一つの終了を見て、新しい扉を開けていくきっかけの度数でもあります。

双子座18度では、中国人が中国語で話している、度数です。 これは、共通言語を持つもの同士が、マニアックな会話をして楽しんでいる様子が浮かびます。

知識の世界では、同じレベルの知識を持っていたり、その分野の専門用語を知らないと、その人の話していることが全く理解できないということが起こる、というお話をしてきました。

ですから、例えば、占星術を全く知らない人に、いきなり、私の月星座は何で~ 水星星座は何で~アセンダントは何で~アスペクトはこんなのがあるから、こうこうなの。と言っても、まったく意味が伝わらないことと思います。

ですから、私たちは、会話するときに、あたりさわり無く、お互いが理解できる話題をあえて選んで会話をするし、お互いの共通言語がどのくらいあるのか、といったことを探りながら、会話をするということを無意識でやっているのだと思います。

なので、同じ分野の知識を持っていたり、共通言語をたくさん持っている人と出会うととても嬉しくなるものですよね。 自分が好きなことをの話を、思う存分たっぷりと、話せる。専門用語やマニアックなうんちくも、いくらでも話せるって、とても嬉しいし楽しいことですよね。

言語的な会話の楽しみの醍醐味とはそういうことなのかもしれません。 私たちは、こうした共通言語を持っていなくても、思いやりや、言語外コミュニケーションによって理解しあうことは出来るし、家族や、夫婦であれば、専門分野は全く違っても、生活の場面を共にすることで培ってきた共通感覚などを持っていますので、意志の疎通が可能になります。


しかし、知的な領域における共通の会話をするにはその世界観における、 共通言語を、どれくらいたくさん持っているか、で、やはり、どのくらい伝わるか、 お互いの言葉を理解しあえるかが、変わってくるのだと思います。

そういった意味では、現代のネット社会などは、文字や言語によって発信することが主となっていますので、同じ共通言語を持つ人たちと、繋がることが、昔より容易になってきているのかもしれません。