木の高いところにいる老いたフクロウ

An old owl up in a tree.

サビアンにおける5度の度数は、5度区分ずつにおける、第1グループの最後の度数です。

射手座の1~5度までは、射手座というサインの全体の物語を凝縮されたエッセンスとして表現された世界領域です。

また、ここで表現された世界観をこの後、試行錯誤しながら、成熟させて到達していく物語がここから始まります。

射手座の1~5度のこの領域は、蠍座までで経験した、人間の感情が起こすことの学び、愛情、憎しみ、恨み、激しい怒り、欲望、支配とコントロール、依存、隷属、・・人間の感情とはあらゆる世界を作り出すことが出来ます。

それは深い愛情やこの上のない、優しさ、思いやりの体験でもありますし、

自分を縛り、永遠の牢獄に閉じ込めてしまうような究極的なネガティブなものもあります。

私たちは、自らの感情、他者の感情、集団の感情、そして、集合無意識的な感情、そして、感情の作り出す世界の奴隷になり、閉じ込められ、いつの日か、その感情世界にあらがうことも、そこから抜け出そうとすることも諦めてしまう・・そして、病んでいく、老いていく・・そういうことが

普通に起こりやすいのです。

しかし、射手座に入り、そんな蠍座的感情の牢獄を、解き放って、やっぱりそれでも、自らの魂の自由を、この世で体現していこうという挑戦をするのです。

しかし、蠍座の世界を知っている魂ですから、感情的、短絡的な行動にはもはや出ることはないのです。

火の情熱を遂行するために、非常に冷静で、戦略的な感覚も持ち合わせてきているのだと思います。

射手座の3度と、4度では、戦略の練り方、戦い方、そして、自由に歩んでいくために、先人の知恵を学び続けてきました。

これらの学びはとても重要なものではあったのですが、やはり、どこか、表層的というか、公明正大的なところがあったのではないでしょうか。

人間の心には裏があります。

そして、この社会、この世の中にも、裏と表がやはり、あるのです。

この社会には、表の世界だけを見てこれた恵まれた人たちというのがいます。

私たち、日本人などもほとんどが、そうなのではないでしょうか。

団塊世代よりも下の世代は、戦争を知らないし、生まれたときから、おなかかが減って、ご飯が食べられない日など1日だってなかった人が多いと思います。

日本人に生まれただけで、生まれた瞬間に3億円もらってるようなもだ、などとよく言われますが、そんな恵まれた国に生まれた私たちが、

今、この世界の大きな変容の岐路に立ち、世の中の裏側とか、社会の裏表含めて仕組みなどが、見えてきて、驚愕したり、憤ったり、怒りまくったりする人が増えているのも、今まで表だけを見てこれたから、というのがあるのではないでしょうか。

例えば、世の中の裏事情は、今にはじまったことではなくて、

何十年も何百年も前から、もしかしたらあったものです。

しかし、私たちがそれに気づいていなかっただけで、今それが露呈してきて、分かりやすくなってきたということだけなのかもしれません。

そして、今の時点で、それが見え始めている人は、先行組であり、まだまだ大多数の人が全く気付いてもいない状態だと思います。

分かりやすい例えでいうと、そうした表の側面だけを見て、

見やすい、受け入れやすい場面だけを学んで、満足していた状態が、

4度までの世界観だとしたら、

ここまでの世界観での学びは、もしかすると、本当の学びではないのかもしれない。

実践で生かそうとしても、それは役に立たないものなのかもしれません。

いくら知識を学んで、完璧にそれを覚えて、何度も模擬練習を重ねても、

実際の戦いで勝てるとは限らなくて、ほとんどの場合、使い物にならないのです。

だからといって、戦い方も学ばずに、模擬練習もせずに、何もせずに、本番の戦場に挑めば、それは、即死間違いないわけですから、

模擬レッスンも、真面目な座学も、先輩からの教えも、必要ではあるのです。

しかし、それは、実際の戦場では役に立たない。

射手座の5度で登場するフクロウは、象徴的には、知恵の現れです。

更に、老いたフクロウ、となっていますから、更に賢者の性質を想起させます。

また、高い木の上にいるわけですから、賢い叡智を携えた老いたフクロウが、高い木に登り、全体を見渡せることで、更なる全体的な視野を手に入れている場面が想像できます。

またフクロウは、夜行性であり、夜、目がよく効く動物ですよね。

昼間の明るいときにだけ、視野が効く状態が、例えば、先ほどの話でいう、物事の表の側面だけを見る視点だとしたら、

夜の暗闇の中でも、状況を見通せる視点は、世の中の表側だけでなく、裏側の真相や、全体の構造を掴む知恵を携えていることなのかもしれません。

また、人間の心の表の側面だけしか見ることができなければ、やはり、どこかで、人を傷つけてしまったり、思いやりに欠けてしまったり、

人間関係をうまく構築することが難しいのではないでしょうか。

表層に見えているその人の人となりだけでは、見えない、裏側の真相の人となりが、誰しもにあるものなのではないでしょうか。

そうした、世の中の裏側の真相や、相手の人の、裏側の心まで、見通せる全体的な視野、知恵を持つに至らなければ、実際の実戦の場では、真に役立つものとはならないのではないでしょうか。

綺麗ごとだけではまかりとおらない蠍座の世界を通り抜けてきた後の、サインが射手座ですから、それでもなお、きれいごとじゃないこの世界で、魂の意図と自由を生きていこうとする、真の挑戦がここから始まるのだと思います。